腰痛の根本原因と鍼灸治療
腰痛は慢性的な身体の痛みの代表選手ですが、その原因としては血行不良や姿勢の悪さ、長時間のデスクワーク、肥満、背骨の異常(椎間板ヘルニアや骨棘等)など色々と説明されていますが、ここでは東洋的な気の概念から見た原因を紹介します。
なるべくカンタンに書きますが、現代の常識ではちょっと解りにくい部分もありますので、難しく考えず「そういうものか」と素直に受け止めてみて下さい。
腰痛の原因について
まず、東洋的な気の概念での腰痛の発症メカニズムを説明します。
腰は古くから「腎(じん)の府(ふ)」と呼ばれ、五臓(ごぞう)の「腎(じん)」の影響を強く受ける部分として知られています。実際、ツボの中でも、命門(めいもん)・腎兪(じんゆ)・志室(ししつ)など腎と関連性が強いとされる物は腰に多く並んでいます。
また、五臓の腎は人体の活動力の源である「元気[原気(げんき)、先天(せんてん)の精(せい)・腎間(じんかん)の動気(どうき)・命門(めいもん)・相火(そうか)]」を内蔵すると考えられており、精神的ストレス・過労・冷え・飲酒などで元気を消耗するという事は、すなわち腎の気を消耗することであり、冷え(元気を消耗)は腎と関係の深い腰にある志室というツボに「コリ」となって現れてくるとされます。
この「志室のコリ」は、そのままコリの周辺に痛みを出す事もありますが、腰の筋肉の弾力性を失わせて広い範囲で腰の筋肉に痛みを起こさせたり、腰椎や仙骨へ影響を与えて足への神経痛を引き起こす事もあります。つまり、志室のコリから慢性的な腰痛や坐骨神経痛・椎間板ヘルニア(骨の異常)などの症状が起こると考えられます。
なお、仕事・妊娠・スポーツ・外傷など直接腰の筋肉に負担がかかった場合も、腰には痛みが出ますが、志室のコリがない一時的な軽い物は比較的短期間で回復します。ですが、交通事故などの深い外傷や、仕事などで継続的な負担をかけ続けると、それらの負担を消化しきれず腎の気を消耗させてしまい、結果として志室のコリを生み、慢性化してしまうことがあります。
次の図を見て下さい。左半分は元気があり仕事や外傷などで筋肉に負担がかかった程度の状態を、右半分は冷えて(元気が消耗して)志室にコリが出て悪循環に陥っている状態を模式図にしたものです。
左・元気があり筋肉への負担を消化できる状態 右・冷えが強く志室にコリが出ている状態
何度も書いていますが、「元気」というのは、気の概念では人体の活動力そのもので、五臓六腑(ごぞうろっぷ)を正常に動かす原動力のことです。「冷え」というのは、この元気が消耗して活動力が衰えた状態の事を指します。
元気が充実して健康な状態であれば、筋肉に仕事や外傷などで負担がかかっても、充分に負担を消化することが出来るために、一時的に腰の筋肉に痛みが出ても、休養をとることで回復させることが出来ます。
ですが、元気が消耗して冷えた為に志室にコリが起こり、腰の筋肉が弾力を失って腰痛が出てきた場合は、痛みの根が深くなかなか回復できません。それどころか、冷えが根底ある為に、腰の筋肉には仕事や外傷の負担に耐える力がなく、身体にかかった負担はダイレクトに冷えの助長につながってしまい、さらに冷えが進み痛みの根が深くなるという悪循環に陥ります。
さらに冷えが進めば神経や骨にも影響が広がり、神経痛(坐骨神経痛・大腿神経痛など)や椎間板ヘルニア・骨棘(こつきょく)・骨粗鬆症(こつそしょうしょう)による腰椎の圧迫骨折(骨粗鬆症は骨にまで及んだ深い冷え)などに発展してゆく可能性があります。
また、元気を消耗する原因は、単なる腰の筋肉への負荷だけではなく、精神的ストレスや過労、過度の飲酒など生活習慣上の負荷である為、志室のコリがある腰痛は単なる腰の筋肉だけの問題ではなく、全身的な問題としてとらえて養生を行う必要性があります。
いわば、腰痛は身体が発する危険信号なのです。ですから、たかが腰痛と侮らないで下さい。
元々健康で、充分に元気があった人も、年齢が進めば自然と身体が冷えて来ますので、徐々に負担を消化できなくなっていきます。中高年になってから五十肩や腰痛などの症状が出やすくなるのは、生理的な元気の消耗が進んでいる中で、生活上の負荷が若いときと変わらない為に、身体が過負荷に耐えられなくなるからです。30代を越えてからギックリ腰を繰り返すようになったら要注意です。
ギックリ腰は一度やるとクセになると言われますが、それは身体がギックリ腰という危険信号を出しているにも関わらず、生活上の負担を身体に合わせて落とそうとしない為に、一度回復してもすぐに過負荷に耐えられなくなって同じ症状を表すからです。ギックリ腰を起こしやすい腰の構造になるのではなく、ちょっとした負担でギックリ腰を起こす程、普段から身体が冷えていると考えて下さい。
なお、東洋医学では冷たい空気・低い外気温など物理的な冷えから「寒邪(かんじゃ)」という痛みを起こす邪気(じゃき)を受けると考えます。
この寒邪は身体にはいると痛みを起こす邪気なので、単純に元気の消耗から外から入ってくる邪気への抵抗力が弱まるだけで、腰や足(膝)には寒邪が侵入し、痛みを引き起こします。俗に「冷えて痛くなった」というような現象はこの寒邪の侵入と考えて良いと思います。
これは浅い部分での痛みの原因ですが、結局元気が充実していれば現代の一般生活の中で寒邪に中(あ)たることは稀ですので、簡単に寒邪の侵入を許す、つまり冷えて痛みが出る身体というのは根本的に元気が消耗して芯が冷えている身体と言うことになります。
腰痛の治療について
慢性的な腰痛は、根本的な元気の消耗が志室のコリとなって現れてくるものですから、治療をするにはまず生活上の過負荷を見直して負担を減らして養生する事が先決です。
特に痛みが強く出て治療を受けている時は余計な負担を身体にかけて治療の効果を台無しにしないためにもしっかり養生をしなければいけません。
鍼灸での治療は、まず基本治療で冷えを解消し、志室のコリを緩めて行く事が先決です。冷えを解消することは、痛みの根を絶ち回復力を付けることですので、これを省いて腰の筋肉にだけ治療を加えても根本的な治療にはなりません。地味な治療ですがとても重要な治療です。
基本治療を行うだけでも痛みは随分解消されるものですが、さらに痛みが残る場合は補助治療として、腰の背骨と背骨の間を探って異常点を探して米粒位のお灸を志室のコリを見ながら加え、さらに膝や足首周辺のツボに鍼を行い、より気の動きを円滑にして腰周辺の冷えを取ることで痛みを治めます。
左・補助治療 右・基本治療。基本治療の後に補助治療を行う。
腰に痛みが現れるということは全身的な冷えを表しますので、逆に腰痛が解消されてくれば全身的な症状も改善されると考えられます。
慢性化した腰痛は、身体の深い冷えが原因になっていますから根本的に治すには根気が必要ですが、しっかり養生して治療すれば、腰だけでなく身体全体が元気になりますので、単なる痛みの治療と考えず、体質改善を目標に腰を据えて治療することをお薦めします。