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Card-01「鍼灸院で起こりうる医療過誤」
昨今病院における医療過誤・医療事故のニュースが相次いでいますが、鍼灸院もその法的な位置づけに関わりなく、患者さんに治療を行う以上は、医療過誤とも完全に無縁ではありません。
そもそも治療とは、元来“有益有害”なもの、つまり一定の効果がある代わりに一定の危険性をともなうものなので、これを行う者は、医師免許やはり師・きゅう師免許などの国家資格の取得が必要になります。
医療過誤とは、いわばその有害部分が事故として表に出たものと言えます。効果のある特効薬は組み合わせや量を誤れば患者さんの命を奪うこともあるように、はり・きゅうも効果がある反面、事故の際には健康被害が起こる危険性を持っているという事です。
具体的に鍼灸院で起こる代表的な過誤は「折鍼」「気胸」「熱傷」「脳貧血」「内出血」「悪化」などがあります。
これらを引き起こす原因は病院などと同様、不注意や不勉強、器具の管理体制の不備などがあげられます。
このような過誤や事故はニュースにでもならない限りあまり耳に入ってこないと思いますので驚かれる方も多いと思いますが、今回はいたずらに危機感を煽るためではなく、安心して治療を受けていただくために、敢えてこれらの問題を取り上げてみたいと思います。
折鍼(せっしん)
さて、まず最も多く事故報告があげられている物に「折鍼」があります。
ただし、最も多く事故報告が挙がってきているとはいえ、その数は約15年間の全国調査の中で58件ですので平均しても年に4件程度です。皆無ではありませんが、遭遇する確率は非常に低いと考えて問題ないと思いますのでご安心下さい。
この「折鍼」とは、カンタンに言えば「鍼が折れてしまう事故」で、折れたとしてもそれを引き抜く事ができる場合はなんら問題ありませんが、体内で折れてしまった場合は取り出すことは困難です。
ただし、体内で鍼が折れたとしても、比較的早期に体外へはき出されたり、体内に残った場合も線維組織が折れた鍼全体を包み込んでしまってその場で固定してしまうので、安全性を十分に考慮した上で施術をしていて、やむを得ない事故として発生した折鍼に関しては危険性は低いと言えます。
トゲが刺さって体内に残ってしまうことが希にありますが、それに近い状態と思って頂くと危険性の低さをイメージしやすいのではないかと思います。
ちなみに、鍼を故意に切断して体内に埋め込む「埋没鍼」という手法が行われていた事がありましたが、心外膜炎や尿道結石を起こした症例があがってきたこともあり、現在では行われないのが一般的です。
折鍼の原因は、施術者による乱暴な鍼の操作や置鍼中の患者さんの突然の体動(咳・くしゃみを含む)、使用している鍼の劣化が考えられます。
施術者の乱暴な操作というのはあってはならない事ですが、施術者も人間である以上、それが故意ではなく、なんらかの事故(地震などの災害、くしゃみなどの突発的な生理現象など)として起こる可能性がありますし、患者さんの体動も咳やくしゃみなどは予期せず起こる物なのですからこれらの原因を100%防ぎきることは難しいのが実際です。
ですが、治療に使用する鍼を劣化の少ない状態に保つことは比較的簡単にできる予防策であり、劣化の少ない耐久力に優れた鍼は、乱暴な操作や突然の体動などの突発的な力にも耐えうる強度が十分にありますので、この一点を厳重管理するだけでも十分に折鍼事故予防につながると言って良いと思います。
治療用の鍼は細いながらも非常に柔軟性があり、故意に折ろうとしてもなかなか折れない物なのですが、鍼通電を行うと鍼に電気分解が起こり劣化して細かい傷などができることが解っていますし、滅菌も高温高圧をかける行為なので繰り返し行えばやはり鍼を劣化させてしまうので、使用期間や回数が長くなるほど鍼も折れる可能性が高くなってしまいます。
これらの問題は、使い捨ての鍼を導入するか、定期的に鍼の交換(入れ替え)を行ようにすることで解決できます。
使い捨ての鍼の場合は毎回新品の鍼を使用するので使用前の傷や劣化が無く、一回の治療中に起こる劣化も少ないのでその分耐久力は複数回使用している鍼よりも高いですから非常に折れにくいですし、滅菌処理をして再使用する場合も、鍼の点検を綿密行い、こまめに鍼の交換(入れ替え)を行っていれば十分に折れにくい品質を維持する事は可能です。
いきなり治療用の鍼が折れてしまうという恐ろしい事をご紹介しましたが、鍼の手入れを怠ると折れる可能性の高くなるということで、元々治療用の鍼はペンチを使わなければ折ることができない程に柔軟で折れにくい物ですから、丁寧な治療と鍼の管理にちゃんと注意を払っている治療院でしたら、まず心配はありません。
どうしても不安な方は使い捨て鍼の使用を希望されれば大抵の鍼灸院では応じてもらえると思います。もちろん使い捨て鍼を備えていないところでは即日で対応することはできませんが、事前にお話をされれば準備できますし、若干材料費を請求されるかもしれませんがお断りになる先生は少ないはずです。
もし、相談しても聞く耳を持たれない先生の場合は、その後の治療に関しても意志疎通が上手くできないと可能性も大きいので、その時点で別の治療院にかかられる方が安心だと思います。
気胸(ききょう)
次にあげられるのが「気胸」ですが、これは「肺に穴が開いてしまう事故」です。
肺は胸膜で包まれ外部を肋骨で作られる胸郭という「かご」で覆って守られています。
呼吸をする際、肺でのガス交換は、肺自身が心臓のように膨らんだり縮んだりしているわけではなく、肋骨と横隔膜の働きによって行われています。
肺は、胸膜の中にあって、胸膜と肺の間の空気を抜くことで肺を胸膜に密着させて膨らませている臓器なので、肺を包んでいる胸膜が何らかの原因で破れると、肺と胸膜の間に空気が入り、肺がしぼんでしまい空気の交換ができなくなって呼吸困難を起こしてしまいます。
肩や背中などに鍼をする際、この胸膜を鍼で貫いて穴を開けてしまう事故が起こりうるのですが、それが鍼治療における医療過誤の「気胸」です。
なお、「気胸」には、事故や傷害事件など肺の外傷が原因で起こるものだけでなく、「自然気胸」といって、何らかの軽い刺激(咳なども含む)で胸膜に穴が開いてしまい何度も繰り返し気胸を起こしてしまう疾患(病気)もあります。
自然気胸は一般にやせ形で過敏な体質の方に多く、このような体質の方の場合、肺に直接鍼を到達させなくとも、何らかの刺激を受けることで自然気胸を起こしてしまうこともあるようです(自然気胸はそれを起こす原因が存在する疾患ですので、痩せているからといって必ずしも起こるものではありません)。
この事故は初歩的な解剖学の学習が十分であればほとんどの場合避ける事ができる事故です。
自然気胸を起こしやすい体質の方の場合も、刺激量が適切であれば全く問題はありません。また、治療に使われる一般的な鍼は、細く柔軟性が高いので、胸膜にぶつかると進行が止まります。胸膜は明らかに周囲の筋肉とは鍼尖に触れる感触が異なってくるので、無理矢理押し込むような事をしない限り、貫いてしまうことはありません。
つまり、無理のない適切な治療を行っている限りは、起こしてしまう可能性は非常に低い事故です。
熱傷(ねっしょう)
次に熱傷ですが、鍼治療の場合は、灸頭鍼の落下や赤外線・電気温灸器などの過剰照射により火傷を起こす事故が考えられます。
灸の場合は手法として直径1mm程度の火傷を故意に作りますので、この場合は火傷そのものを過誤とは言えません。
灸での過誤は、知熱灸や温灸などの肌を直接焼くことが目的でないお灸の刺激過多や皮膚への落下などによる割と範囲の広い火傷や、刺激過剰による「灸あたり(湯あたりのようにのぼせてダルくなる症状)」のような物があげられます
ちなみに、「灸あたり」に関しては要は「効きすぎ」の状態なので、ダルさがとれてきたら症状が改善して楽になっている事がほとんどですのであまり心配することはありません。むしろ良く効いた証拠と思ってプラスに受け止めた方が症状の改善につながります。
これらの過誤はどれも不注意が原因と言えます。灸頭鍼の監視を怠ったり、患者さんに過剰な熱感を感じた場合に報告していただくようにお願いしていなかったりということがいえます(「灸あたり」については、施術者が早く良くしてあげようと気合いを入れすぎて起こすことがほとんどですが、適切な刺激量を読み違えたという意味においては不注意といえるかも知れません)。
事故報告としてはあまりたくさん挙がってきていませんが、実際には折鍼以上に起こりやすい過誤と言えます。
ただ、過誤かどうかという判断が難しい事と、美容上問題を残すことはあるものの、深刻な症状を呈することが希な為に、患者さんとの信頼関係で示談が成立しやすい為に事故として報告が挙がってこない物が多いようです。
火や熱を使う以上、これらの治療法は火傷と隣り合わせと言えますが、的確な操作で行う分にはなんら危険を伴う治療法ではありません。
灸治療には皮膚を直接焼かない方法もありますので、米粒程のちいさな火傷も絶対につけたくないという場合は、その旨を事前に鍼灸師に伝えておけばトラブルはまずおこりません。
なお、糖尿病をお持ちの方の場合、小さな傷や火傷が治りにくい場合がありますので、灸による火傷などをつけらない場合がありますので、治療を受ける前に必ず鍼灸師に申し出て下さい。
脳貧血(のうひんけつ)
脳貧血とは、座った姿勢で肩に強い刺激の鍼をした時などに不意に貧血を起こして倒れてしまうことがある事故です。睡眠不足や空腹時に治療を受けると起こしやすい傾向にあります。
これは貧血を起こすことよりも、貧血を起こして倒れてしまった際に、ベッドから転倒して外傷を負ってしまう危険があることの方が問題が大きい場合があります(最悪の場合、手首や肩、股関節などの骨折につながる危険性があります)。
脳貧血自体は患者さんの体調を考慮して適切な刺激量を超えないように治療を行えば防ぐことができます。
転倒については、座った姿勢で鍼をする場合は、患者さんのそばから離れないようにして、監視を怠らないように注意する基本的なことを忘れなければ十分に防げます。
内出血
内出血は毛細血管・皮下静脈などを傷つけてしまった場合などに起こりますが、重篤な症状を招くことは少なく、1〜2週間程度で自然に吸収されてしまいます。
ただし問題になるのは顔面部等の肌の露出しやすい部分で内出血を起こしてしまった場合です。この際は1週間程顔面部に紫班や腫れなどが残ることになりますので、非常に大きな美容的問題を起こすことになります。
丁寧な施術を心がけていても遭遇してしまう事がありますが、予防法としては必要以上に太い鍼を使わず、顔面部など内出血を起こしやすい部位などでは細心の注意を払って刺針を行うことです。
悪化
悪化とは症状の増悪の事を指します。希に過剰刺激によって痛みなどの症状が強くなる場合が見られます。
ただ、適度な刺激の場合でも、良性反応(好転反応)として、一時的に倦怠感を感じたり症状の悪化を経験することもあります。これは身体が変化を起こしている証拠で、生理的な反応と考えられますので過誤とは言えません。
鍼灸は、非常に副作用の少ない優秀な非薬物療法ですが、自律神経への働きかけを行う治療でもありますので、自律神経の状態が正常に戻る際に、一種の揺り戻しのような現象が起こって、倦怠感が出たり下痢や動悸などの症状が出る可能性があります。
また、一説では、血行が改善する過程で、血行と共に停滞していた末端の老廃物などが一気に動き出すことで、一時的に血液中に老廃物が大量にあふれてしまうために具合が悪くなるのではないかとも言われています。
なお、捻挫や打ち身などのケガで治療を受けた場合は、治療によって血行がより良くなりことで、傷を治す治癒反応としての発熱や痛みが通常よりも激しく出る場合があります。
細かい原因はともかく、この現象は身体が治ろうと頑張って変化している証拠でもありますので、過度に心配する事はありません。
もしも不安になった場合は、治療を受けた鍼灸師にその旨を相談してみてください。
ただし、関節などへ太い鍼を押し込むなどの強い刺激の治療を行う場合では、消毒が不十分だった場合などには炎症を引き起こすこともあり、症状を明確に悪化させてしまうことが考えられます。この場合は不十分な消毒による過誤と言って差し支えないと思います。
まとめ
以上が鍼灸院で起こる主な医療過誤です。
鍼灸院で行うのは鍼灸治療ですので、鍼灸を行う際に起こる誤り以外に過誤は起こりようがありません。
その点、病院ではあらゆる医療活動を行っているのですから、その分起こりうる過誤の種類も多くなります。今回は「鍼灸院で」と限定していますが、紹介いたしました過誤は、全てどこの病院でも起こりうる医療過誤なのです。
病院では治療用の鍼は使いませんが、注射針の折針事故はありますし、熱傷も整形外科 などで行う温熱療法などで起こっています。みなさん鍼灸院よりも、遙かに病院に行かれた機会の方が多い と思いますが、そのときに、この手の医療過誤が起こっている現場に居合わせた事がどのくらいあるでしょ う?内出血や悪化を経験されたことはあるのではないかと思いますが、器具の破損や投薬のミスといったよ うな何らかの過誤にはほとんど遭遇されていないと思います。鍼灸院よりも扱う患者数が多く、それだけ 過誤の起こりうる可能性が高い病院でさえ、一生涯過誤に遭遇する事がない方がほとんどなのですから、 鍼灸院で医療過誤に遭遇する事は非常に希なケースです。
長期に渡って治療を続けていると、内出血や軽い熱傷などには、遭遇する事はありえるかも知れませんが、折鍼・気胸・脳貧血などの発生率はきわめて低く、ほとんど遭遇することは無いと言えますので安心して治療院を訪ねて下さい。